2022年10月28日発行の Schiedsrichter-Zeitung(ドイツサッカー協会、審判員向け機関誌)にて、ワールドカップ・カタール大会にドイツサッカー連盟を代表して選出された審判員5名が紹介されていましたので、記事を翻訳し、記事に関連した映像を加える形でその内容を紹介したいと思います。
ダニエル・ジーベルトを審判員として際立たせている二つの特徴
まずはコミュニケーションにおける資質。DFB(ドイツサッカー連盟)のポートレイト・フィルムで、ジーベルトは「コミュニケーションかボティー・ランゲージか」という質問にこう答えた。「(私にとって答えは)はっきりしています。まずはコミュニケーション。ベルリン出身者として少し長く話します」。ジーベルトは選手との信頼関係を保つことができる。共感する能力に従って、それぞれの場面において正しい口調を用い、伝えるべきことをどのように伝えたら良いのかを知っている。
二つめは、サッカーをよく知っており、彼自身サッカーをプレーできること。ユース時代にはベルリンにおけるユース世代のトップリーグで、社会人としては Verbandsliga(補足:地域協会トップリーグ、当時のリーグ構成を確認していないがおそらく5部リーグ)までプレーした。その頃には、選手としてだけではなく審判員としても活動していた。
ジーベルトは昔を思い出して語った。「私が小さい頃、父は私をヘルタに連れて行ってくれました(補足:ヘルタ・ベルリンの試合のことと思われる)」。その数年後、学校の同級生が彼に「審判証があれば、どのゲームでも無料で観られるよ」と語った。
ジーベルトは所属するチームが審判員資格新規取得講習会に送り出そうと思うような典型的な選手ではなかった(補足:選手として必要とされていたので、ジーベルト自身が審判員に興味がなければ講習会に送り出さなかった、との意と思われる)。同時に、彼はまだ選手も続けたかった。彼自身審判活動を楽しんだだけではなく、彼はすぐに審判員としての才能を見せた。ジーベルトを最初に支持した審判仲間の一人が、今でもベルリン・サッカー協会の指導部にて活動を続けるトーマス・プスト氏。
しかし、ジーベルトが決断を下さなければならない時がやってきた。「それは(私が審判員としての活動に専念すると決断にするに至った)大きな経験でした」、彼は回想して語った。「(当時私は)社会人リーグの中でも若い選手でした。ある試合で、私は試合終了間際に決勝ゴールを決めたのです。そして、運が良かったと言うべきか、次の週末に、その打ち負かしたチームのホームゲームの主審を担当することになっていたのです。その時、選手と審判員、二つを並行して活動できる状況は長くは続くかないだろうということが私にははっきりしました。どちらか一つの活動に専念すると決断しなければなりませんでした」。
(補足:私が所属する地域協会では、25歳までに4部リーグ担当の審判員として昇格していなければそれ以降昇格のチャンスはない、と言われています。トップレベルを目指すならば遅くとも10代後半から20代初めには市町村レベルから地域協会レベル(7部)には昇格しておかなければならない、すなわち早くから審判員としての活動に専念する必要があるということであり、おそらくこれはドイツの他地域でも同様かと思います。それゆえ、社会人としてもプレー経験があるということはドイツにおいては、より特徴的かもしれません。)
一足飛びの昇格
振り返ってみると、ジーベルトの決断は正しかった。年齢によりフェリックス・ブリッヒが国際審判員を退いた後に、ドイツナンバーワンの審判員にまで登りつめ、ワールドカップ・カタール大会に審判員として選出されたのだから。過去18か月の間にジーベルトが経験したことは、彼自身が慎重に言葉を選んで表現したように「急速な成長」であった。彼は、2014年に国際審判員として登録され、2022年にUEFAの審判員エリートカテゴリーに昇格した。しかし、フェリックス・ブリッヒとともに、EURO 2020(欧州11カ国による分散開催。パンデミックにより1年延期、2021年に開催)を担当する審判団の一人として選出されたとのニュースは彼にとっては驚きであった。「その時、私が選出される候補だったとは感じていませんでした」とジーベルトは言う。
しかし、彼は審判団としてただ参加しただけではなく、大会に深く関わった。試合に向けた準備に関して、唯一の妨げは(この「妨げ」という言葉が正しい使い方ならば)プライベートなこと、大会直前に父親になる予定だった、ということである。しかし、彼の娘の誕生は予定日より数日遅れ、ジーベルトはグループ・リーグ2試合(スコットランド対チェコ、スウェーデン対スロヴァキア)の後まで、ベルリンに飛行機で戻ることを認められなかった。その後すぐに、ジーベルトと副審はラウンド16(決勝トーナメント1回戦、ウェールズ対デンマーク)に副審のヤン・ザイデルとラファエル・フォルティンとともに割り当てられ、その試合でも素晴らしい印象を残した。
EURO 2020において3試合割当を受けて成功を収めたこととフェリックス・ブリッヒが国際審判員を退いたこと。ジーベルト自身も言うように、彼を取り巻く環境はとても良好だった。しかし、人はチャンスを得たならば、それを最大限に活かさなければならない。ベルリナー(補足:ベルリン出身者のことで、ここではジーベルトのこと)は言う。「私はいつもこう考えていました。数年後には(補足:ヨーロッパのトップレベルの試合を担当する)準備ができているだろうと。しかし、それからすぐに、準備ができていないにも関わらず、そのような試合を担当することになったのです」。この現実的な自己評価、彼は「本当に大きなこと」に対して準備ができていなかった、ということは彼の強みをまた表現するものである。ジーベルトが付け加えるように、精神的に大きな調整が必要でありプレッシャーでもあった。「まず私は、ヨーロッパのトップレベルの試合を担当するという、とてつもなく大きなプレッシャーにどう対処するかを学ぶ必要がありました」。
ジーベルトは、たった1シーズンでトップレベルの試合を何試合も担当した。例えば、チャンピオンズリーグ 2021-22 グループリーグD インテル対レアル・マドリード(2021年9月15日)、決勝トーナメント準々決勝第二戦アトレティコ・マドリード対マンチェスター・シティー(2022年4月13日)、ネーションズリーグ2020-21決勝ラウンド準決勝ベルギー対フランス(2021年10月7日)、ワールドカップ・ヨーロッパ予選通過が懸かった重要な試合グループI ポーランド対イングランド(2021年9月8日)、グループG モンテネグロ対トルコ(2021年11月16日)、ワールドカップ・プレーオフのポルトガル対トルコ(2022年3月24日)、そしてその間にブンデスリーガの試合。「それはもちろん、シーズンの終わりには大きな経験と手ごたえを得たと同時に疲れ果てました」。
ジーベルトが2021年12月に副審のラファエル・フォルティンとクリスティアン・ギッテルマンとともに翌年のワールドカップのリハーサル大会として開催された FIFAアラブカップ担当審判員としても選出され、3試合を担当、彼自身も自信を得たこと、そして決勝戦チュニジア対アルジェリアを任せられたという事実もまた、ワールドカップ・カタール大会における活躍を期待させるものである。「その大会に選出されたということは」、UEFA審判員エリートカテゴリーのダイレクターであるルッツ・ミヒャエル・フレーリッヒが付け加える、「ジーベルトのパフォーマンスが大きく成長した結果が認められたということであり、彼個人について、また(補足:優秀な審判員を輩出する)ドイツの審判員制度について大きな評価を得た結果である」。
短い移動距離(カタール)
純粋にロジスティクス(人と物の移動)という意味では、昨年開催された分散開催の EURO 2020(審判団はイスタンブールを拠点として、それぞれの試合会場に移動)と比べてストレスは少ないだろう。「カタールでは」、ジーベルトは言う、「審判団のベースキャンプから一番遠いスタジアムでもバスで45分程です」。ジーベルトと二人の副審は、6月にマドリードで行われたトレーニング・コースにおけるトーナメントでも準備がよくできていた。ドイツ審判団は、11月20日の開幕戦の10日前にはカタールに到着している予定だ。それまでは、負荷をかけすぎないように気を付けながらコンディションを整えなければならない。「ワールドカップに向けたトレーニングをとても楽しみにしています」とベルリンのスポーツ学校でスポーツと地理を教えるジーベルトは言う。「健康の維持と試合におけるパフォーマンスを最大化させることとのバランスをどう取るか、すなわち、身体的にも精神的にも一番良い状態に持っていくか、しかしトレーニングをし過ぎて怪我をすることだけは絶対に避けなければなりません」。
ジーベルトをワールドカップで副審としてアシストするヤン・ザイデルとラファエル・フォルティンは自らをジーベルトと同様に表現する。ヤン・ザイデルは身体的なバランスについて言及すると同時にこう強調する。「チームとして、この大会に向けて最大限集中して臨んでいます」。「ワールドカップの審判員として選出されることを夢見てきました」と彼は言う。もう一人の副審、フォルティンが言う。「この状況は今でも信じられません」。彼は、若い時に、地域協会(ヘッセン・サッカー協会)のスポーツ・シューレで行われた講習会のことを思い出す。「いつか、ブンデスリーガ2部で主審を担当できたらいいなあ」とその時は思っていたのだ。以降、フォルティンは副審としてブンデスリーガで150試合以上を担当し、これからワールドカップの試合を担当することになる。
誰もが、チーム(審判団)として機能してはじめて、担当する試合のマネジメントがうまくいくと強調する。チーム・コンセプトは、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)として選出されたバスティアン・ダンカートとマルコ・フリッツを含めてである。ダニエル・ジーベルトは強調する。「私達に与えられた責任を認識しています。最大限に良い方法で準備をし、そして国際的にも価値ある形でDFB(ドイツサッカー連盟)を代表できるよう、私達の全てを捧げたいと思います」。
数年前(2017年)に撮影されたまた別のDFBポートレイト・フィルムにて、ダニエル・ジーベルトは審判員としての任務をどのように定義するかを語った。彼もサッカーの美しさが確実に現れるように関わりたい、「サッカーの美学を試合にもたらすこと」と。ダニエル・ジーベルトとドイツ審判団にとって、きっと素晴らしいワールドカップとなることだろう。そして美しいワールドカップにも。